東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)84号 判決
一 請求の原因一ないし三は争いがない。そこで、以下に取消事由について検討する。
二 取消事由(1)について
1 本願発明の特許請求の範囲の記載によつて、「電極とり出し領域」の意義について検討すると、<1>ソース又はドレインを構成する領域のいずれか一方の領域(以下、説明の便宜上ソースを構成する領域(ソース領域)が形成されているものとする。)の周辺部に隣接して設けられた領域であること、<2>右領域は隣接のソース領域と同一導電型であること、<3>右領域上にソース領域と同一導電型の半導体を主成分とする電極が設けられること、以上の三点が特許請求の範囲における電極とり出し領域に関する記載である。
右の記載<3>によれば、電極とり出し領域上に電極が設けられているから、同領域とこれに隣接するソース領域とは、まずその領域上に電極が設けられているか否かにより識別することが可能である。しかし、右の記載<1>、<2>によれば、電極とり出し領域は、ソース領域の周辺部に隣接して設けられ、かつソース領域としてこれと同じ導電型により形成されているものであるから、例えば、両者の層の厚さ、導電型の不純物濃度等につき異なる限定も付されていない以上、完成された半導体装置における領域自体としてみる限り両者の境界は識別することができない。このように、半導体装置として完成された状態においては、両者は境界不明の一つの領域を形成しているものとみざるを得ないから、両者をまとめて同一導電型のソース領域(全体としてのソース領域)と表現しても差支えなく、結局両者は、上部に電極が設けられているか否かによつて識別するほかないものというべきである。強いて領域自体として識別しようとすれば、電極とり出し領域はソース領域の周辺部に隣接して設けられるのであるから(記載<1>)、全体としてのソース領域の端縁部寄りの部分を占めているということができるにとどまるのである。そうはいつても、二の領域自体が識別できないことに変りはなく、また、原告主張のように、ソース又はドレイン領域を半導体技術における常識的な概念として理解してみたところで、更に、「ドープトシリコンまたは金属リードは密接して設けられ」の特許請求の範囲の記載を勘案しても、完成した半導体装置としてみる限り、これに隣接して電極とり出し領域と称して形成される領域との境界が識別できないことにおいて変りはないのである。
なお、本願発明は物、すなわち半導体装置の発明であるが、成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許公報)及び第三号証(昭和五四年一二月一七日付手続補正書)(以下両者の総称して本願明細書という。)によりその製造方法をみるに、本願明細書には、半導体基板上に絶縁物(酸化ケイ素)を形成したうえ、これを選択的に除去し、その後絶縁物上及び絶縁物が除去された基板上にシリコン電極を形成し、更に選択的にシリコン電極及び絶縁物を除去し、シリコン電極の除去部分をソース、ドレイン領域形成用の窓として、基板上に不純物を拡散すると、窓部分の下の領域はソース、ドレイン領域に、電極の下の部分は電極とり出し領域が形成されることが記載されている(甲第二号証四欄一五行ないし四〇行)。しかし、右製造方法を参酌するとしても、完成された半導体装置においては、ソース領域と電極とり出し領域の境界の識別はできない。もつとも、本願明細書の実施例によれば、電極とり出し領域の方がソース領域に比し薄く形成されているが(別紙図面(一)第2、第3図)、本願発明の特許請求の範囲の記載にはそのような限定はされていないから、もとより右実施例を根拠として両者を識別することもできない。
2 他方、第一引用例の第二図(別紙図面(二))及びその説明に関する記載が審決摘示のとおりであること、第一引用例にいう拡散とは、シリコン電極にドープされたn導電型不純物がp導電型基板へ拡散することを意味するものであること及び請求の原因四2(一)は当事者間に争いがなく、この事実と成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)によれば、第一引用例に記載された絶縁ゲイト型電界効果トランジスタにおいて、p導電型基板上のn導電型のソース領域上にこれと同一のn導電型のシリコン半導体電極を形成する際、シリコン電極にドープされたn導電型不純物がp導電型基板へ拡散し、右拡散により基板の一部がソース領域へと変化して、電極下のソース領域に隣接し、かつ電極の一部に連らなる領域として、拡散フロントが形成されること、拡散フロントは、電極形成の際生ずる電極とソース領域との不整合解消のため、予め電極をソース領域から若干ずらした位置に形成しつつ、右のずれの部分を埋める目的で設けられるものであることが認められる(なお、ソース領域と電極のずれが生じない場合には拡散フロントが形成されないが、第一引用例は、このずれがあることを前提として記載されているのである)。
そして、前掲甲第四号証によるも、ソース領域と拡散フロントにおいて、その領域自体において両者の境界を識別すべき要素を認めることはできないから、両者によつて全体としてのソース領域が形成され、結局、第一引用例記載の半導体装置においても、別紙図面(二)によりその完成した状態においてみる限り、同一導電体の全体としてのソース領域上に電極が設けられている領域とそうでない領域とがあり、電極は全体としてのソース領域の端縁部寄りの部分に設けられているものと認めることができる。
3 以上1、2に述べたところによれば、半導体装置としてみる限り、第一引用例記載の発明と本願発明は、基板のソース領域上の端縁部寄りの部分に電極が設けられている点において、共通の構成を有しているものということができる。
もつとも、本願発明の電極とり出し領域をその名称から、電極とソース領域を電気的に接続する領域、すなわち電極からソース領域へ電流が流れる領域と理解することは可能である(この点は被告も明らかに争わないところである。)。しかし、前記のように、本願発明の電極とり出し領域の不純物濃度、導電性についての限定はなく、電極とり出し領域とソース領域は領域自体として識別することはできないのであり、要は全体としてのソース領域の端縁部寄りの部分にあつて電極と接し、電流が通じる領域という以上に電極とり出し領域に技術的意義を見出すことはできない。本願明細書により、前記のような方法でソース、ドレイン領域及び電極とり出し領域を形成することにより、マスク合わせの回数を減らすことができる効果が認められるとしても(甲第二号証五欄一三行ないし一六行)、それは製造方法からみた効果にとどまり、完成された半導体装置としてみる限りでは、電極とソース領域を電気的に接続するという機能以上に、電極とり出し領域について特段の技術的意義を認めることはできない。他方、第一引用例の別紙図面(二)においても全体としてのソース領域と電極の接する部分において電流が通じていることは明らかであるから、全体としてのソース領域と電極の接続関係としてとらえても、両発明に構成上の差異は認めがたい。
4 審決は本願発明の電極とり出し領域と第一引用例記載の発明における拡散フロントが相当関係にあるとし、原告はこれを否定し、後者に電気的な接続的機能はない旨主張する。
審決の判断は、電極とり出し領域も拡散フロントもソース領域に付加して形成された領域である点にその共通性を認めたものと解される。かかる観察は、半導体装置における全体としてのソース領域中の識別不能な境界をとりあげ、同領域と電極との関係を部分的にみるもので、その当否は問題であるが、別紙図面(二)によれば、第一引用例の半導体装置において、電極は拡散フロントとソース領域にまたがつて設けられており、拡散フロントは電極の一部とも接しているから(本願発明の特許請求の範囲の記載によるも、電極が電極とり出し領域とこれに隣接するソース領域にまたがつて設けられる場合を排斥しているものとは認められない。)、この領域にも電流が流れているのであれば、審決のような観点から両者の相当関係を認めることを是認し得ないではない。
そこで、かかる観点からも、第一引用例記載の拡散フロントが本願発明の電極とり出し領域に相当するか否かについて、第一引用例記載のソース領域と拡散フロントの不純物濃度の対比において検討する。
まず、<1>ソース領域のn導電型の不純物濃度については、成立に争いのない甲第九号証には、「不純物濃度は通常1×1020atom/cm3程度であることは専門家における常識である。」との記載があり(四頁二五行ないし二六行)、成立に争いのない乙第三号証には、ソース、ドレイン領域の拡散に関連して「表面濃度は「1018~1019/cm3…が通常使用される」との記載がある(一七六頁二五行ないし二六行)。他方<2>前掲甲第四号証には、第一引用例記載の半導体装置のシリコン電極の比抵抗値は、0.5Ω/cm以下と記載されているから、成立に争いのない甲第八号証の一ないし四により、第一引用例のシリコン電極において具体的に示されている比抵抗値〇・五及び〇・〇五(単位省略、以下同じ)のものを用いた場合についてn導電型の不純物濃度を算出すると1×1016及び2.5×1017(単位省略、以下同じ)であり、また、成立に争いのない乙第四号証には、エピタキシヤル成長により、n導電型の不純物濃度が1017から1019(比抵抗値〇・〇九ないし〇・〇〇六)のシリコンの成長層が得られることが記載(四・三七図)されていることが認められるから、同じエピタキシヤル成長により形成され、比抵抗値が〇・五以下である第一引用例記載のシリコン電極においても、右濃度範囲を含むものが考えられる。しかして、拡散フロントはシリコン電極からの不純物により形成されるのであるから、その最大濃度(表面濃度)は、シリコン電極の不純物濃度に等しいということができる。そこで、<1>のソース領域の不純物濃度と<2>のシリコン電極の不純物濃度から推認される拡散フロントの不純物濃度の最大値を対比すると、例えば、<1>の1020の濃度のソース領域と<2>の比抵抗〇・五の電極からの不純物拡散による拡散フロントの濃度1016を対比すれば、両者の濃度差は104となり電極からの電流の多くはソース領域を流れるものと推認されるが(因に不純物濃度が高ければ、抵抗は小さくなり、したがつて電流が流れやすいことは技術常識であり、このことは当事者間に明らかに争いのないところである。)、<1>の1018の濃度のソース領域と<2>の第一引用例に記載されている比抵抗〇・〇五の電極からの不純物拡散による拡散フロントの最大濃度2.5×1017を対比すると、後者は前者の四分の一にすぎないのであり、更に、<1>の1019、1018の濃度のソース領域と第一引用例においても含まれると認められる不純物濃度が1019、1018の電極の場合を対比すると、不純物拡散による拡散フロントの最大濃度も1019、1018であり、計算上は、電極から拡散フロントへはソース領域に等しい電流が流れることがあることさえ推認し得るのである。これによれば第一引用例記載の半導体装置において、最大濃度値における対比からみて、原告主張のように、拡散フロントには常時ほとんど流れていないとは、にわかに断じがたいものがあるといわなければならない。
したがつて、第一引用例記載の半導体装置に接した当業者が拡散フロントが電極との電気的接続機能を有すること、すなわち電極とり出し領域としての機能をも有し得るものであることを十分認識することができるものというべきである。
原告は、本願発明の電極とり出し領域と第一引用例記載の拡散フロントとの技術思想の差を主張するが、物の発明として半導体装置自体をみる限り、本願発明の電極とり出し領域に電極とソース領域との接続機能としての技術的意義しか認め得ないものであるから、拡散フロントにも右の電気的接続機能を否定し去ることができない以上、原告の右主張は採用できない。
そうであれば、審決の観点により第一引用例における拡散フロントと本願発明における電極とり出し領域を対比するも、その相当関係を認めることができる。
5 以上のとおり、電極とそれが接している基板上の領域との関係については、第一引用例記載の発明と本願発明との間に構成上の差異はなく、取消事由(1)の主張は理由がない。前掲甲第九号証、成立に争いのない甲第一〇号証も右判断を覆えすに足りるものではない。
三 取消事由(2)について
たしかに、第一引用例の別紙図面(二)には、ソース又はドレイン領域が一個所しか明示されていないが、同引用例記載の装置が本願発明同様絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを少くともひとつを有する半導体装置である以上(このことは当事者間に争いがない。)、他方に電極(リード)が存在していることは明らかである。そして、前掲甲第四号証によれば、第一引用例記載の発明が集積回路の面積の減少を目的とするものである以上、他方の領域にシリコン電極が設けられ、前掲甲第二ないし第四号証により同引用例記載の半導体装置と本願発明の半導体装置を対比すれば、シリコン電極が本願発明のドープトシリコンリードに相当するものと認めることができる。
よつて、取消事由(2)の主張は理由がない。
四 取消事由(3)について
第二引用例に審決摘示に係る記載のあることは当事者間に争いがなく、右記載と成立に争いがない甲第五号証(第二引用例)によれば、第二引用例の第3図(別紙図面(三)の第3図)には、コレクタ領域の金属電極26、が分離層(絶縁物)14に覆われ、エミツタ領域が右分離層14に設けられた開口を通して半導体電極40が設けられている構造の半導体装置が記載されていることが認められる。このように、第二引用例記載の半導体装置では、コレクタ領域に対する電極を含む半導体装置が絶縁物に覆われ、エミツタ領域に対する電極を含む半導体装置が絶縁物の開口を通して設けられているのであるから、右のコレクタ領域は本願発明におけるソース又はドレイン領域のいずれか一方の領域に対応し、エミツタ領域は本願発明におけるソース又はドレイン領域のいずれか他方の領域に対応するものということができ、結局、第二引用例には、本願発明におけるソース、ドレイン領域をコレクタ、エミツタ領域に置き換えた半導体装置の構成が記載されているものと認めることができる。原告の右の対応関係を否定する主張は、別紙図面(三)の第3図に記載された半導体電極40を本願発明における同一導電型の半導体を主成分とする電極に対応させることを前提とするものであるが、前記のように、ソース又はドレイン領域のいずれか一方に半導体を主成分とする電極及びいずれか他方の領域にドープトシリコンリードが設けられた構成が第一引用例記載の発明に示されているから、原告主張の構成を第二引用例記載の発明に求める必要はなく、同発明については本願発明と第一引用例記載の発明との相違点として摘示された「ソース、ドレイン領域のいずれか一方の領域を含む半導体装置は絶縁物でおおわれ、かついずれか他方の領域には、絶縁物に設けられた開口により、リードが密接して設けられる」とのいわゆる多層配線構造の開示の有無を問題にすれば足りるところ、この構成が第二引用例記載の発明に示されていることは前記のとおりであるから、この点に関する原告の右主張は理由がない。
また、原告は、本願発明及び第一引用例記載の発明に関する絶縁ゲイト型電界効果トランジスタと第二引用例記載の発明に関するバイポーラトランジスタとの技術分野の相違を主張するが、前掲甲第五号証(第二引用例)によれば、第二引用例は、別紙図面(三)第1図に関し「回路要素12は単結晶半導体の中に慣用的に用いられているいずれの要素でも良い。」と記載し、第1図のバイポーラトランジスタが右回路要素12であることを示していることが認められるところ(翻訳七頁四行ないし七行)、右記載は別紙図面(三)第3図に示されたバイポーラトランジスタである回路要素12についてもそのままあてはまるのであるから、この構造はバイポーラトランジスタに限ることなく、他の回路要素にも適用できることは明らかである。したがつて、第二引用例に記載された構造を第一引用例記載の絶縁ゲイト型電界効果トランジスタに適用することに格別の困難性はなく、その場合に奏せられる効果も予測の域を出ないものというべきであるから、原告の右主張は採用しがたく、成立に争いのない甲第六、第七号証の各一ないし四もこの判断を覆えすに足りるものではない。
よつて、取消事由(3)の主張は理由がない。
五 以上のとおり、原告主張に係る取消事由はいずれも理由がなく、その他審決を取り消すべき違法の点も認められないので、審決の違法を理由にその取消しを求める本訴請求を失当として棄却する。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
絶縁ゲイト型電界効果トランジスタを少くともひとつ有する半導体装置において、ソースまたはドレインを構成する領域のいずれか一方の領域の周辺部に隣接して設けられた前記領域と同一導電型の電極とり出し領域上に前記領域と同一導電型の半導体を主成分とする電極が設けられるとともに、該電極を含む半導体装置は絶縁物でおおわれ、かついずれか他方の領域には、該絶縁物に設けられた開口により、ドープトシリコンまたは金属リードが密接して設けられたことを特徴とする半導体装置(別紙図面(一)参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
別紙図面(三)
<省略>
(他は省略)